匿名様に捧げます! 「ユーリにプレゼント、です!」 「………は」 エステリーゼが急に差し出してきたものは、手に収まってしまうほど小さな白色の手鏡だった。男であるユーリとはまるで無縁の代物だ。もともとがさつの部類に入るユーリには特に必要の無いもののように思われた。真面目を地でいくフレンや、女性に持て囃されたいおっさんならともかく、何故自分に。いきなりやると言われて正直に受け取ってしまうには憚られるものだった。 「鏡とか俺、使わないんだけど」 「駄目です、ユーリはもっと身嗜みに気を使うべきです、貰ってください、ユーリのために買ったんです!」 「………いや、男に身嗜みも何もないから、リタにでも渡せば良いだろ、あいつならお前からのプレゼントなら喜んでもらうぜ」 「私は、ユーリに渡したいんです、せっかく綺麗な黒髪が勿体ないです………少しでもこの鏡でお手入れをしてくれるようになれば………もらってくれるまでここに居座ります」 「………あーもー、はいはいわかったわかったもらえばいいんだろもらえば」 「よろしい、です!」 こんな男部屋にお姫様を一人置いておくわけにもいくまい。今日は生憎一人部屋。エステリーゼはやると決めたら本当にやってしまう。フレンからあらぬ誤解を受けるのだけは避けたかった。だってめんどくさい。 ちいさな手鏡を彼女から受けとる際、絶対使ってくださいね!と念を押すエステリーゼに心のなかで小さく謝罪した。今日中に恐らく何かがおこると思うけど、な。合掌。 *** 「まったく………あの姫様ときたら………」 ようやく彼女が出ていった部屋のなか、一人ベッドの上でため息を吐く。手の中には先程押し付けられた手鏡があって。こんなもの、どうすれば良いんだよ……… 「エステルには悪いけど………割れればもう使えねえだろ」 仲間の誰かにあげるといった案はすぐに彼の中で却下された。普通に持ち歩くのも荷物になる。どうせすぐにばれてしまのなら、自分で割ってここで捨ててしまおう。 ぱかりと白色の鏡を開ければ自分の姿がそこに写し出される。 ーーーーはずだったのだが。 「は」 思わず惚けた声が出てしまった 。それもそのはずだ。自分の姿が写し出されるはずの鏡が写し出したものは、自分とはまるでかけ離れたものだったからだ。赤茶色の柔らかな髪を揺らしながら微笑む青年の姿。空色の瞳が印象的な、白いコートを着込んだ男性がそこには写っていた。 「なんだ、これ」 疑問に答えるものはこの部屋には誰もいない。………エステルに騙されたのだろうか………いやその可能性は無い。彼女は嘘などつかないし、そもそもこんなからくりなど見たこともなかった。どのような仕組みになっているのか………そんなことよりこいつは一体誰なのか………疑問は沢山沸いてくるはずなのに、そんなことは些末なことのように感じた。俺はただ一つのことに夢中になっていた。むしろ、そのことしか考えられなかった。ただ単純に、そう思ってしまったのだ。 「………綺麗、だな」 胸の鼓動が早くなった気がした。 まるでそれはお伽噺のように ユーリはまだ知らなかった。 この名前も分からない青年に恋をしてしまったことも、この青年にこれから固執してしまうことも、仲間にそのことで心配をかけることも。そして何よりフレン・シーフォが恋敵になることを、ユーリ・ローウェルはまだ知らなかった。 「なんだ、これ」 ただ白い手鏡を握りしめ、今だ止まらない鼓動の速さに耳を傾けることしかできなかった。 ―――― ユーリ視点というより、「ユーリが鏡を手に入れるまでの過程」になってしまいました………ごめんなさい アスベルさんは別世界の人間でユーリとフレンがどんなに取り合ってもそれが報われることはないという設定です。我が家では珍しい攻めが可哀想なパターンです。 それではリクエストありがとうございました! |